優秀な生徒が皆していること

 

セラピストスクールの位置付けや目的に関しては優秀な弟子を養成することにあります。
優秀な生徒を持つと良質な情報の共有ができ、非常にいい関係性が形成できるからです。

優秀な生徒はどんな生徒なのかですが、それは、成績優秀云々の前に共通して言えることがあります。

それは『しつこい』ということです。

尋常でないほど知識の吸収欲が強く、教科書に載っていること以上の事を質問してくるような生徒です。

講義の時間だけに留まらずカリキュラムの中身がその人の毎日の一部となっているような状態です。

資格を取ったことのある方なら分かると思うのですが、先生に質問するということうことがいったいどういうことを意味するか分かると思います。

誰も資格のコレクションをするためにカリキュラムを受講する人はいません。

誰だってゆくゆくは資格に基づいて仕事にしたいと願ってカリキュラムをスタートします。

この意味で「覚えた」、「知っている」、「試験に合格した」というレベルにとどまっていると、資格がただのコレクションで終わるだけです。

質問をするということには、明らかに主体性のある行動が伴っています。

「資格に基づいて仕事をし、人から喜ばれることをしたい」という明確な主体性のある目標に対して、行動が伴わなければ、

資格はただの絵に描いた餅になるだけです。

こんなに質問したら先生にウザいと思われるかもと思ったとしても、質問する。

そんな躊躇を超えるほどの「強烈な知識欲と主体性」があったら、単純に物覚えよく合格したにとどまる生徒と比べ物にならないほどの実力の差が出ます。

もっとしつこく質問するくらいじゃないと思い描いた「資格に基づいて仕事をし、人から喜ばれることをしたい」という明確な 主体性のある目標は叶えられません。

いい仕事をしていきたいと願うなら、どんどん質問をしてください。

ちなみに私は各分野に一流の先生たちがいます。

その先生たちは皆揃って私の事をこう思っているでしょう。

「しつこい生徒だな…」と。

でもその一流の先生たちがなぜ私の質問に丁寧に答えてくれているかは、先生たちは分かっているのです。

「雨宮は納得しないといつまでも質問してくる」と。

「主体性」は誰も代わりになってくれません。

あまりに辛辣な表現になるかもしれませんが、質問が何もない状態はそれほど主体性が無い状態を意味します。

つまり、「受け身の学習コレクション」です。

折角の学びの時期は貪欲になってみてください。

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