使えない思想と哲学

人は、自分の事を理解してくれる人を求めがちで、
その対象が見当たらないと、愛情に飢えて 卑屈になっていく。

が、年を取ると固定観念の呪縛に気付かず
自滅している人もいる。

「哲学とか思想」っていうものは、
人格を形成する上で欠かせないもので
人の歩んだ道そのもの。
だけどそれ単体で輝けばいいだけ。

それらの「鋳型」とか「枠」は 
言ってみたら他人にとって迷惑とか邪魔な対象になり、
強制というパターン化するようになってしまうと
誇りとして存在しうる哲学や思想が
「自滅と孤独」として歩き出すこともある。

それはイマドキ時代遅れで
誰にも相手にされない。

それらは、誇りであって、
ひょっとしたら
外側から魅力的に思えた時にしか輝かないものなんじゃ?

これを知らないと
「俺って最高」と言いながら時代遅れにも気づかない孤独な存在になるだけ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です